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Queer Musicians -Overseas-

コンチータ・ヴルスト

Conchita Wurst

ジャンル:ポップ

Unbreakable

That's What I Am

関連リンク


バイオグラフィー

掲載日:2013年11月14日、最終更新日:2014年5月21日

デンマークのコペンハーゲンが開催地となった、2014年度のユーロヴィジョン・ソング・コンテストのオーストリア代表に選ばれたのが、ラウンドの髭をたくわえたドラァグ・クイーンのシンガー、コンチータ・ヴルストである。

本名はトム・ノイヴィルト。1988年6月11日、オーストリアのグムンデン生まれ。幼少期にいじめに遭った体験があり、社会の因習にがんじがらめになっている子どもたちに少しでも希望を与えたいという考えから、スターへの道を志すようになったという[*1]。2006年にオーストリアのオーディション番組『Starmania』に参加して準優勝。翌2007年にはボーイバンドのイエッツ・アンダース!(Jetzt Anders!)の結成に加わり、男性アイドルとしてデビューを飾ったものの、一年を経ずしてイエッツ・アンダース!は解散している。

男性アイドルとしてのブレイクは果たせなかったものの、そんなトム・ノイヴィルトがドラァグ・クイーンのコンチータ・ヴルストとしてオーストリアの大衆の前に再び姿を現したのは、2011年9月のこと。オーストリアの公共放送局、ORF(オーストリア放送協会)のオーディション番組『Die große Chance』に出演。最終結果は『Starmania』のときと同様、準優勝で終わったものの、11月11日のファイナルで披露した「Unbreakable」は、『Die große Chance』の放送終了直後の同月23日にシングルとしてデジタル・リリースされ、オーストリア国内のシングル・チャートで最高32位を記録するスマッシュ・ヒットとなった。

"Unbreakable"
(Live on "Die große Chance", 2011)

2012年1月22日にはセカンド・シングル「That's What I Am」をリリース。国内のシングル・チャートで最高12位を記録した。そしてコンチータ・ヴルストは、この年に初めてユーロヴィジョン・ソング・コンテストのオーストリア予選に挑んだが、これもまた次点という結果となり、本選行きの切符を手にすることはできなかった。

"That's What I Am"
(Live on "Eurovision 2012 - Austria", 2012)

次点続きのコンチータであったが、翌2013年10月には、オーストリア放送協会が2014年度のユーロヴィジョンのオーストリア代表にコンチータ・ヴルストを決定したと発表。ついに彼女は、ユーロヴィジョンのステージに立つこととなった。

コンチータの高い歌唱力と、セクシュアル・マイノリティへの寛容をテーマに掲げるその姿勢には、賞賛の声も多い一方で、国内外から反発の声も挙がった。国内では、オーストリア放送協会からの発表があった直後に、フェイスブック上でアンチ・コンチータのページが立ち上げられ、「いいね!」の数が40,000を超え[*1]、コンチータの出場に反対する4,000人以上の署名が集められた。また、ベラルーシでは、ユーロヴィジョンでのコンチータの出演場面を放送しないよう、2,000人以上が請願書に署名して、情報省に提出された[*1]。

これらの反発にもコンチータは動じず、次のように述べている。

「大して気にはしていないわ。私はネガティブなものと戦うよりも、ポジティブなもののために戦うというスタンスなの」[*1]

「私のファンではないという人と、実際に会って話をしてみると、本当は良い人なんですねって言われることがよくあるのよ。そんな時にはこう思うの。『そうよ、それこそが肝腎な点なのよ!』って。見えないところにあるものをこそ、みんなは見るように努めなくちゃ」[*1]

2013年という年は、アメリカの各州で同性婚の合法化が進んだ一方、ロシアでは同性愛宣伝禁止法が6月に成立し、旧ソビエト連邦の国々にも同様の動きが広がっている。そのような社会情勢についても、コンチータ・ヴルストは言及している。

「ロシアでは怖ろしいことが起きているわ。21世紀の世にあってはならない、人権の蹂躙よ。歴史的に鑑みても、こんなことはあってはならないわ。本当に大きな問題よ」[*1]

このように波乱含みの開催となった、2014年度のユーロヴィジョン・ソング・コンテスト。最も大きな注目を集めていた出演者の一人であったコンチータは、5月8日のセミ・ファイナル前に開かれた記者会見で、女装姿なのにどうして髭を生やしているのかを問われ、次のように答えた。

「生きたいように生きる、ということに大いに関わりがあるの。つまり、もしも髭を生やした女性になりたいのなら、なればいいじゃない、っていうことなのよ」[*2]

「たぶん、大衆はよく理解してくれてるんだわ。好きになってくれる必要はないの。ただ受け入れてくれればそれでいいのよ」[*2]

「ゲイの人たちについても同じことが言えるの。ゲイの人たちがすぐそこにもいるんだっていう事実を好ましく思う必要はないんだけれど、自分たちとは違ってしまっている人たちだっていて、そんな彼らも幸福な人生を送るべきなんだっていうことは、受け入れなくちゃいけないのよ」[*2]

「幼いころは、とっても平穏だったわ。でも、十代になってからが厳しかった。小さなゲイの男の子が、小さな村で大きくなっていくのは、生易しいことではないの。私はでき得る限り、型に嵌まろうとした。ゲイであることを隠すのを強いられたのよ。幸せな生活を送りたくて、思いつく限りのありとあらゆる方法で、自分を変えたわ。そんな私がいったいどんな気持ちでいたかなんて、誰一人として知らないことだった」[*2]

「最終的に、私にはファビュラスな生き方こそがふさわしいという結論に行き着いたの。そうして私はカム・アウトした。そんな私からのアドバイスは、誰かを傷つけない限りは、やりたいことは何だってやりなさい、ということよ」[*2]

そしてコンチータは、かねてからの悲願だったユーロヴィジョンのステージで、「Rise Like A Phoenix」を熱唱。5月10日の夜におこなわれたファイナルで、コンチータは2位のオランダに290ポイントの大差をつけて、見事、優勝を果たした。

"Rise Like A Phoenix"
(Live on Eurovision Song Contest 2014 Grand Final, 2014)

優勝後の記者会見で、コンチータは、同性愛宣伝禁止法を施行しているロシアのプーチン大統領に向けたメッセージとして、次のように述べた。

「大統領がこれを見ているかわからないけれど、見ているとすれば、これではっきりしましたね。私たちを止めることはできません」[*3]

この優勝をきっかけに、コンチータ・ヴルストの人気は英語圏にも拡大。2014年5月18日付の全英の公式 Top40に、「Rise Like A Phoenix」が17位で初登場した[*4]。


*1 Bearded Drag Queen Sparks Eurovision Uproar (Radio Free Europe/Radio Liberty, 2013.11.12)
*2 Eurovision’s Conchita Wurst: ‘People should accept diversity’ (Attitude Magazine, 2014.05.08)
*3 オーストリア代表の「ひげの女装歌手」が優勝、欧州歌謡祭ユーロビジョン (AFPBBNews, 2014.05.11)
*4 Eurovision champ Conchita Wurst makes UK chart debut (Attitude Magazine, 2014.05.18)

(文中敬称略)



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