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Queer Musicians -Overseas-

ランス・バス(イン・シンク)

Lance Bass (*NSYNC)

ジャンル:ポップ

No String Attached

Celebrity

Lance Bass

関連リンク


バイオグラフィー

掲載日:2007年2月25日、最終更新日:2007年2月25日

1979年5月4日、アメリカのミシシッピ州クリントン生まれ。1995年、ディズニーの人気バラエティ番組『ミッキー・マウス・クラブ (Mickey Mouse Club)』の同期生であったジャスティン・ティンバーレイクと JC・シャゼイを中心に結成されたボーイバンド、イン・シンクに参加し、1996年、シングル「アイ・ウォント・ユー・バック (I Want You Back)」でデビューした。「アイ・ウォント・ユー・バック」は、まず最初にドイツでリリースされ、ヨーロッパでの成功が本国アメリカに先行した。

当時のヨーロッパは、幾多のボーイバンドがしのぎを削り合う、群雄割拠の時代だった。しかしアメリカでは、アイドル冬の時代が長く続いていた。そんな時代にあってイン・シンクは精力的に下積みをこなし、ドイツでのデビューから2年後の1998年、ようやくアメリカでも「アイ・ウォント・ユー・バック」をリリースした。これが全米シングル・チャート最高13位を記録するヒットとなり、イン・シンクは本国での支持を拡大。ファースト・アルバム『イン・シンク (*NSYNC)』は全米アルバム・チャートで最高2位を記録する大ヒット作となった。イン・シンクは、ついに本国でもブレイクを果たしたのである。

ファースト・アルバムの成功後、彼らはバックストリート・ボーイズやブリトニー・スピアーズといった同時代のアイドルたちの所属するジャイヴ・レコードへと移籍。これが功を奏し、2000年にリリースしたセカンド・アルバム『ノー・ストリングス (No Strings Attached)』は、発売直後の1週間で240万枚を売り上げるという驚異的な数字を叩き出した。発売1週間で200万枚以上を売り上げたのは、現在でもイン・シンクだけである。

シングルも、3曲の全米トップ10ヒットがこのアルバムから生まれた。ファースト・シングルの「バイ・バイ・バイ (Bye Bye Bye)」は全米最高4位、そしてセカンド・シングルの「イッツ・ゴナ・ビー・ミー (It's Gonna Be Me)」は彼らにとって初の全米 No.1となり、アメリカでのサード・シングル「アイ・プロミス・ユー (This I Promise You)」は最高5位を記録した。

"Bye Bye Bye"
バイ・バイ・バイ
(2000)

"It's Gonna Be Me"
イッツ・ゴナ・ビー・ミー
(2000)

『ノー・ストリングス』は、最終的には1,100万枚の売り上げを誇る桁外れのヒット作となった。2001年にはサード・アルバム『セレブリティ (Celebrity)』をリリース。発売1週間で188万枚という数字は、前作には及ばなかったものの、それに次ぐ大きな記録であり、発売から1週間での売り上げ記録の1位と2位を、イン・シンクが独占することになった。

『セレブリティ』ツアーの終了後、イン・シンクは1年半の予定で活動を休止した。この間、グループの顔ともいうべきジャスティン・ティンバーレイクが、ソロ・アーティストとしてデビューを飾っている。2003年9月にはイン・シンクが活動再開の動きを見せたと報じられたが、その後の続報はないまま、2004年2月には JC・シャゼイが2人目のソロ・デビューを果たしている。ジャスティンはイン・シンクの新作のレコーディングには加わらない意向を示しているとも言われており、正式に解散が発表されているわけではないものの、実質上は解散の状態にある。

ランス・バスは、2003年5月のインタビューで、「自分はソロでやるタイプではない」と語り、ソロ・デビューの予定はないと断言している。[*1]

「ここで1曲やったり、デュエットするってことはもちろんあるだろうけど、自分のアルバムを作るなんてできない。自分だけのツアーなんて考えもつかないよ。誰かと一緒っていうのが好きなんだ。みんなと分かち合うのがね」

その言葉どおり、ランスはイン・シンクの活動休止前後から、ロシアの宇宙船ソユーズに乗り込む計画があることを発表したり、自身の映画会社を設立するなど、音楽以外での活動が目立った。しかし、宇宙旅行は費用の調達に失敗したために中止となり、製作・主演した映画は興行収入が制作費を下回ってしまうなど、かならずしも順調とはいえない。

2006年7月、アメリカのリアリティ・テレビ出身のタレントであり、ゲイであることを公言しているライケン・レームクールが、ゲイのリゾート地として有名なプロヴィンスタウンでのゲイ・パーティに、ランスを同伴して姿を現したことが、『New York Post』紙で報じられた。これにより、以前から噂されていたランスの性的指向を巡る憶測が一気に加熱したのだが、その後の7月22日に発売された『People』誌上でのインタビューで、ランスは自らゲイであることを告白した。このカミング・アウトは、アメリカのボーイバンドのメンバーとしては初めてのものであった。

インタビューの中でランスは、もっと早くに性的指向を明らかにしなかったのは、イン・シンクの人気に悪影響が出ることを怖れていたからだと述べている。

「人気バンドのメンバーであるということは、他の4人のキャリアを僕が左右してしまうかもしれないということだったんだ。僕がゲイっぽくふるまったり、ゲイであることを口にしたりしたら、全部駄目になってしまったかもしれなかった。だから自分のことには気をつけていた。『ああ、誰かに知られたら大変だ』ってね。それで僕はカミング・アウトしなかったんだ」

「大切なのは、僕は恥じてはいないということだ――それだけはいっておかないとね。僕は間違っているとは思っていないし、このことで駄目になったりもしない。僕は今まで生きてきたよりも、もっと自由で幸せなんだ。僕は、幸せなんだよ」

こうしたランスのカミング・アウトに、同じくイン・シンクのメンバーであるジャスティン・ティンバーレイクやジョーイ・ファトーンは激励のコメントを寄せて、サポートの意を表明した。[*2]

レームクールとは「安定した関係にある」と述べていたランスだったが、2007年1月、『People』誌のインタビューに応え、レームクールの不貞が原因で、2人の関係には終止符が打たれていることをランスが認めた。


*1 http://www.barks.jp/news/?id=52318633
*2 http://www.barks.jp/news/?id=1000025752

(文中敬称略)



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