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Queer Musicians -Overseas-

ライアン・ドーラン

Ryan Dolan

ジャンル:ポップ

Frequency

Start Again

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バイオグラフィー

掲載日:2014年3月7日、最終更新日:2014年3月7日

非常にゲイ色が強いとされていることでも有名な、ヨーロッパ最大のポップ・ミュージックの祭典である、ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト。その2013年度のアイルランド代表が、ライアン・ドーラン。1985年7月22日、北アイルランドのティロン州ストラバン生まれのシンガー・ソングライターである。

彼の自作曲「Only Love Survives」は、トライバルな味わいのドラム・サウンドが印象的な、愛がテーマの力強いダンス・ミュージック。イギリスのインディー・チャートでは最高33位のヒットを記録したこの曲で、ライアンはユーロヴィジョンのアイルランド予選『Eurosong 2013』に挑み、見事これに優勝。アイルランド代表の座をつかんだ。

"Only Love Survives"
(2013)

39カ国が参加した、スウェーデンのマルメでの本選では、ライアンはセクシーな半裸の男性ダンサー2人を従えて、和太鼓の演奏を彷彿とさせる、実にエネルギッシュなパフォーマンスを披露。5月14日におこなわれたセミ・ファイナルでは8位に入賞し、ファイナルへと駒を進めた。しかし5月18日のファイナルでは、残念ながら入賞は果たせず、最終結果は26位となっている。そして、この2013年度のユーロヴィジョンの本選の幕が上がる前日の5月13日に、ライアンは「Only Love Survives」を収録したデビュー・アルバム『Frequency』をリリースしている。

"Only Love Survives"
(Live on Eurovision Song Contest 2013 Grand Final)

翌2014年の2月5日、ライアン・ドーランはアイルランドの公共放送局である RTÉ Radio 1の番組への出演を通じて、自身がゲイであることを公にした[*1][*2]。このインタビューに拠ると、ライアンは21歳で、家族の全員にカミング・アウトを済ませたというが、特にいちばん親しかった父親には、かえってなかなかカミング・アウトができずにいたという。

「僕がゲイだということを家族の全員に知ってもらえたのは、21歳になってからだ。最初に打ち明けたのは姉で、僕が14歳のときだった。それから徐々に、他の家族にも打ち明けていった。いちばん最後に打ち明けたのは父だ。父がどう思うのか、それが気がかりだった。でも実際のところ、僕のことを誰よりも受け入れてくれたのも、父だった。自分で打ち明けるのは怖かったから、僕の21歳の誕生日に、母から話をしてもらった。父は、何も変わりはしないよといってくれたし、そう書いたメッセージもくれた」[*2]

このように、ライアンの家族は、最終的にはその全員が彼の性的指向を受け入れているが、そのように理解のある家族に囲まれて育った彼だったからこそ、自分がゲイであるせいで、愛する家族との関係がひょっとしたら壊れてしまうのではなかろうかという可能性にも、人一倍怯えた。そのため、10代のころには自殺も考えたという。

「今から振り返ると、もっと早くに打ち明けていたらと思うよ。いつでもそれを気に病んでいたせいで、僕は青春を棒に振ってしまったように思う。当時からもっとオープンにしていたら、僕はもっと幸せだっただろうね。

思春期のころは、本当にそのことで頭がいっぱいだった。みんなはいったいどうやってこれを受け止めているんだろうって不思議だった。自殺も考えた。実行に移したことは一度もないけど、いつだってそれを考えてた。鬱は遺伝することがあるんだけど、僕の家系はまさにそうで、この5年間で叔父が二人、叔母が一人、自殺で亡くなっている。それもみんな母方なんだ」”[*2]

「学校に通っていたころは、自分が何であるのかに混乱していた。そのせいで、僕にとって大人になることは辛いことだった。ゲイであることに向き合っていくのが辛かったんだ。でも、それを誰かに打ち明ける勇気が、僕には奮い起こせなかった」[*1]

ライアンが10代のころに経験した、ゲイであることの苦悩というのは、ゲイであることそれ自体を罪悪視していたというよりも、自分は人とは違ってしまっているのだという困惑を、誰にも打ち明けられずに、自分一人で抱え込み、自分の頭の中だけで考え続ける、その苦しみとイコールであった。だからこそ、彼の家族全員が、彼の性的指向を受け入れてくれたときに、ゲイであることは彼にとって苦悩ではなくなったのである。そのような体験をもつライアンが発信するメッセージの中核とは、したがって、ゲイであることの苦悩を決して自分一人だけで抱え込んでしまわないように、という点にこそある。

「(ゲイであることは)もはや大した問題じゃないんだよ。僕が学校に通っていたころと比べても、物事は変わった。今の若い人たちは、15とか16でカミング・アウトしてるけど、そんなのは僕が学校にいたころにはあり得なかった話だからね。

自分の息子とか娘が、何か違っているという兆候を感じて、そのことを問いただす親だっているかもしれない。でも、今の若い人たちは、カミング・アウトのプレッシャーにさらされることなく、それを言葉にしているよね」[*1]

そして、このインタビューでは、翌月の7日にリリースされるシングル「Start Again」についても語られた。この曲は、ゲイであることに苦悩していた10代のころの体験をベースに書かれたという、非常にメッセージ性の強いバラードである。

そのビデオ・クリップでは、ふたりのゲイの少年の姿が描かれている[*1][*2]。共にゲイであるという秘密を共有しているふたりだが、ひとりは学校でいじめられ、もうひとりは異性愛者のふりをすることで周囲に溶け込み、しかも自分がいじめのターゲットになるのを怖れて、あまつさえいじめに加担してしまう。いじめに遭っていた少年は、誰にも苦悩を打ち明けることができず、精神的に追い詰められ、もう一人の少年のスマートフォン宛に遺言のメッセージを残して、自ら命を絶ってしまう。

非常に辛い内容のミュージック・ビデオだが、しかしライアンが意図しているのは、そうした悲劇を耽美的に描くことではない。曲が終わった後、画面にはライアンからのメッセージが流される。10代のゲイの自殺者をこれ以上増やさないためにも、悩みを一人で抱え込むのではなく、信頼できる人や、かかりつけの医師に相談すること。そして身の回りに悩みを抱えている人がいるようであれば、そうした人たちの悩みを聞き、受け止めてあげること。それこそが、ライアン・ドーランからのメッセージの、いちばん肝要な点なのである。

"Start Again"
(2014)


*1 Eurovision star Ryan Dolan comes out as gay (Independent.ie, 2014.02.05)
*2 Ryan Dolan: I Wish I Came Out A Long Time Ago (Wiwibloggs, 2014.02.05)

(文中敬称略)



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