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Queer Musicians.

サマンサ・フォックス
Samantha Fox

公式サイト http://www.samfox.com/
Samantha Fox

I Wanna Have Some Fun

 1966年4月15日、ロンドン生まれ。本名サマンサ・カレン・フォックス。1983年に英国のタブロイド紙『The Sun』の第3面に登場し、まずはページ・スリー・ガールとして人気を博した。(『The Sun』の3面は女性のヌード・グラビアのページで、そこに登場するモデルはページ・スリー・ガールと呼ばれている。)

 ページ・スリー・ガールとしての人気を背景に、サマンサがポップ・シンガーへと転向したのは1986年。当時の英米のポップス・シーンは、マドンナの世界的成功を受けて、ポスト・マドンナの女性シンガーが続々と登場していた。サマンサ・フォックスもその一人で、扇情的なポップ・ロックのデビュー・シングル「タッチ・ミー[Touch Me (I Want Your Body)]」は全英で最高3位、全米でも最高4位を記録する大ヒットとなった。デビュー・アルバム『タッチ・ミー(Touch Me)』も全英アルバム・チャートで最高4位を記録し、ゴールド・ディスクを獲得。サマンサは一躍人気セクシー・アイドル・シンガーとなった。

"Touch Me (I Want Your Body)"
タッチ・ミー
(1986)

 その後のマドンナがセックス・シンボルからアーティストへと評価を高めていったのに対し、サマンサがアーティストとして評価された機会は少なく、日本の芸能界でいうところの巨乳タレント扱いだった。だが、雨後の筍のように現れた他のポスト・マドンナの多くがワン・ヒット・ワンダーとなっていたのに対し、サマンサ・フォックスが一時のブームに乗っただけの存在では終わらずに、以後も継続的にシンガーとしての実績を残したのは紛れもない事実。1987年の2nd アルバム『夢のゆくえ(Samantha Fox)』からは、'80年代のトップ・プロデューサーであったストック/エイトケン/ウォーターマンが手がけたユーロビート・ナンバー「ストップ・ミー・ナウ(Nothing's Gonna Stop Me Now)」が全英最高8位のヒットとなった他、ファンク・バンドのフル・フォースがプロデュースした「ノーティ・ガールズ[Naughty Girls (Need Love Too)]」が全米で最高3位まで上昇する大ヒットとなり、サマンサはこのアルバムによって、アメリカでもゴールド・ディスクを獲得した。

"Nothing's Gonna Stop Me Now"
ストップ・ミー・ナウ
(1987)


"Naughty Girls (Need Love Too)"
ノーティ・ガールズ
(1987)

 1988年の3rd アルバム『赤い誘惑(I Wanna Have Some Fun)』からは、やはりフル・フォースがプロデュースを手がけたタイトル曲「赤い誘惑(I Wanna Have Some Fun)」が全米最高8位を記録。ほかにもイギリスのブルー・アイド・ソウルの草分けであるダスティ・スプリングフィールドのヒット曲をストック/エイトケン/ウォーターマンのプロデュースによってカヴァーした「二人だけのデート(I Only Wanna Be With You)」が、全英で最高16位、全米では最高31位を記録するヒットとなっている。

"I Only Wanna Be With You"
二人だけのデート
(1988)

 1991年に4th アルバム『ジャスト・ワン・ナイト(Just One Night)』をリリースした後は、新作のレコーディングからは長らく遠ざかっていたが、1998年に5th アルバム『21世紀 FOX(21st Century Fox)』をリリース。2002年には『21世紀 FOX』からの楽曲と新曲を併せた再編集盤『Watching You, Watching Me』をフランスとベルギー限定でリリースしている。

 サマンサがレズビアンではないかという噂が流れ始めたのは、1999年、彼女がレズビアン・ナイトのステージに登場したのがきっかけだった。サマンサの父親も「彼女はバイセクシャルだと思う」と発言した。2002年12月、『Mirror』紙のインタヴューの中で、彼女は噂の真偽について、次のように答えている。

「私は今、女性に恋してるわ。でも、だからってレズビアンということにはならないと思う。女がいいから男に背を向けたなんて、私は一度も言ってないもの。」

 そして2003年3月、サマンサは『News of the World』紙のインタヴューで、マネージャーであり彼女のパートナーでもある、マイラ・ストラットンという女性と結婚すると語った。

「私にわかってるのは、完全にマイラに恋しているってことと、残りの人生を彼女と一緒に過ごしたいってことだけよ。マイラは、男の人よりもずっとたくさんの愛を、情熱的に注いでくれるのよ。」

 また、2004年7月の『Mirror』紙のインタヴューでは、以前の「私は女性に恋をしているがレズビアンではない」という発言について、次のように語った。

「そんなふうには言ってないわ。でも、レッテルを貼られたくないっていうのは本当。この4年間、私は女性と付き合ってきたけど、それより前は、男とたくさん関係があったもの。私が初めてマイラと付き合い出してから、誰もが私にレッテルを貼りたがったわ。『サム・フォックス、レズビアン』ってね。私にわかってるのは、マイラと恋に落ちたってことだけ。マイラはたまたま女性で、私は人生で初めて、本当に、本当に、恋に落ちたの。男といても、私はいつだって、輝く鎧に身を包んだ、私の王子様に出会えるのを待ってたの。でも、そんなことは全然起こらなかった。そうしたらマイラに出会ったのよ。彼女こそ、輝く鎧に身を包んだ、私のお姫様だったのよ!」

 2005年10月には、カミングアウト後としては初のアルバム『Angel With An Attitude』をリリースした。

"Angel With An Attitude"
(2005)

 2009年8月には、マイラ・ストラットンと市民パートナーシップ法に基づく入籍予定があることが、ゴシップ雑誌『OK!』で報じられた。


(掲載日:2005年1月7日、最終更新日:2009年8月17日)

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Features.
サマンサ・フォックス 2004年のインタヴュー

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