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Queer Musicians -Overseas-

トム・ロビンソン

Tom Robinson

ジャンル:ロック

Power In The Darkness

Having It Both Ways

Tom Robinson

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バイオグラフィー

掲載日:2006年2月4日、最終更新日:2006年2月4日

1950年6月1日、ケンブリッジ生まれ。本名トーマス・ジャイルズ・ロビンソン。主流のロック・シーンで活躍するオープンリー・ゲイ・アーティストの、先駆的存在。1977年に全英でヒットした「2・4・6・8モーターウェイ (2-4-6-8 Motorway)」や、BBC で放送禁止になった「グラッド・トゥ・ビー・ゲイ (Glad To Be Gay)」などが代表曲。

彼が少年だったころのイギリスは、同性愛が法的に禁止されていた。同級生の少年に恋をしてしまったトムは、そのことに絶望し、16歳のときには睡眠薬自殺を図っている。

そんなトムは、校長の計らいで、フィンチデン館という私立の全寮制男子校に転校する。このフィンチデン館は、疎外されてきた子どもたちを多く受け入れることで知られており、OB には UK ブルースの大御所、アレクシス・コーナーがいた。そのアレクシス・コーナーが、ある日、母校を訪れ、後輩たちのために歌と演奏を披露した。貧困と差別への抵抗、そして愛を歌うコーナーにすっかり魅了されたトムは、自らも音楽の道に進むことを決意した。

70年代に入ると、トムはロンドンのゲイ・シーンに足を踏み入れ、ゲイとしての人生を謳歌し始めた。と同時に、ゲイ解放運動にも大きく関わるようになった。そして彼はふたりの友人と、アコースティック・トリオのカフェ・ソサエティを結成。アーティスト活動も開始した。

セックス・ピストルズのギグに影響を受けたトムは、カフェ・ソサエティを脱退し、より政治色が濃厚な新バンド、トム・ロビンソン・バンドを結成。ゲイであることを包み隠さず、ありとあらゆる差別への怒りを歌うトムの音楽は、ロンドンのパンク・シーンで話題となり、彼らはメジャーの EMI と契約。1977年、シングル「2・4・6・8モーターウェイ」でデビューした。

"2-4-6-8 Motorway"
2・4・6・8モーターウェイ
(1977)

「2・4・6・8モーターウェイ」は、全英で最高5位を記録する大ヒット曲となった。間髪入れず、彼らは4曲入りのライブ EP 『ライジング・フリー (Rising Free)』をリリース。この EP 盤には、ゲイであることを真正面から讃える「グラッド・トゥ・ビー・ゲイ」が収録されていた。BBC はこの曲を放送禁止にしたが、それでも『ライジング・フリー』は全英シングル・チャートで最高18位を記録するヒットとなった。

"Glad To Be Gay"
グラッド・トゥ・ビー・ゲイ
(1977)

翌1978年には、1st アルバム『パワー・イン・ザ・ダークネス (Power In The Darkness)』をリリース。全英アルバム・チャートで最高4位を記録し、ゴールド・アルバムを獲得。その年のキャピタル・ラジオ音楽賞で、トム・ロビンソン・バンドはベスト・ニュー・バンドとベスト・ロンドン・バンドに選出された。

1979年には2nd アルバム『TRB TWO』をリリース。しかし、このときバンド内はすでに口論の絶えない険悪なムードになっており、トム・ロビンソン・バンドは程なくして解散した。

1980年、トムは新バンド、セクター27を結成。スティーヴ・リリーホワイトのプロデュースでアルバム『Sector 27』をリリース。批評家からは絶賛されるものの、商業的には失敗。彼は事実上の破産に陥る。彼は債権者の手から逃れるため、ドイツのハンブルグの友人の部屋に転がり込み、再び曲作りを始めた。

そして1983年、シングル「ウォー・ベイビー (War Baby)」をリリース。全英で最高6位を記録するヒットとなり、トムはロック・シーンに復帰。初のソロ・アルバム『ノース・バイ・ノースウェスト (North by Northwest)』もリリースした。

"War Baby"
ウォー・ベイビー
(1983)

1984年には、BBC のプロデューサーから、ラジオ番組『BBC World Service』の1コーナーで司会を務めないかという話が持ちかけられ、トムはこれを承諾。以降はディスク・ジョッキーとしても活動を開始。さまざまなラジオ番組で司会を務めた。特に1992年から3年間続いた BBC ラジオ4の『The Locker Room』は、男らしさを追求する男性向けラジオ番組として有名となった。また、彼のゲイ・アーティストとしての歩みを追った BBC のラジオ・ドキュメンタリー『You've Got To Hide Your Love Away』は、ソニー・ラジオ賞を受賞した。

'90年代に入ると、彼の性的自己同一性に変化が生じた。1990年、彼はゲイ向けのテレビ番組『Out On Tuesday』に出演し、自分はバイセクシャルの中の一領域としてのゲイだと述べた。そして1992年、トム・ロビンソンは女性と結婚し、子どもを設け、二児の父親となった。しかし、イギリスのプレスは彼の結婚を批判し、『The Sun』紙は彼の代表曲「Glad To Be Gay」に引っかけて、「Glad To Be Dad」と囃し立てた。それに対し、トムはラジオ番組『Talk About Sex』の中で、自分は今でもゲイであると反論した。

1990年のアルバム『We Never Had It So Good』や1996年の『ハヴィング・イット・ボース・ウェイズ (Having It Both Ways)』は、トムの性的自己同一性がゲイからバイセクシャルへと変化したのに伴って、バイセクシャルの解放を訴えるアルバムとなっていた。『We Never Had It So Good』からシングル・カットされた「Blood Brother」は、アメリカの LGBT の音楽賞である The GLAMAs(The Gay & Lesbian American Music Awards)の、1997年度の Male Artist of the Year と、Best Out Song を受賞している。

1998年には、日本のパンク・バンド、ザ・ハイロウズに招かれて、トムはバンドを率いて来日公演をおこなった。そのライブの模様は、1999年にリリースされた2枚組ライブ・アルバム『Home From Home』のディスク2に収められており、トムはこのアルバムを、ザ・ハイロウズに捧げている。

2004年には、アメリカの LGBT ミュージシャンのネットワーク、Outmusic の主催する、Outmusic Awards の司会を務めた。女性と結婚したことで、ゲイ・コミュニティからの厳しい批判に晒された彼だが、現在も音楽を通じて LGBT の解放を訴え続けるその姿勢には、まったく変わりはない。

(文中敬称略)



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